安曽神社

歴史時代以前の古墳時代、大和朝廷より信濃の国造として、
もとは九州阿蘇地方を開拓した安曽氏(タケイホタツノミコト)が
我が上田市の塩田盆地に派遣されて来た由。
上田市古安曽と云う地名の由来がそうらしいです。
平安時代中期頃に平将門の乱のとばっちりで、国衙と国分寺が焼失した以後
改めて松本市近郊に移転するまでは、信濃国府は上田市近郊に在ったそうな…
a0168218_23571628.jpg

a0168218_23575484.jpg

ここに創祀年代は不詳の「安曽神社」があります。
古安曽はもとは九州阿蘇に居住した一族が移り住んできた場所故に、
彼らが奉斎した神社なのだろうか?
近くにパワースポットとしてもあまりに有名な、出雲系の生島足島神社があり、
年間大勢の参拝客で賑わっているのに比べて、初詣の参拝者さえも疎らな程、
この社はいつも鎮守の森の中でひっそりとしている。
a0168218_23583361.jpg

その杉の森の縁を突っ切る様に、鎌倉道が通っている。
鎌倉道とは、文字通り鎌倉時代の古道の事。
北条得宗家の庶流、塩田流北条家が居住した信濃国塩田荘は
「信州の鎌倉」と呼ばれ、中世文化が開かれた。
そんな由緒から上田市と鎌倉市は姉妹提携都市の間柄です。
かつて「すわ鎌倉!」のために、宗家の要請に何度も軍勢が
行き来した道であっただろう。
鎌倉陥落の際には宗家に殉じ、国時とその子息藤時・俊時が
一門と共に自害している。
ついに塩田流の兵はこの道を帰る事が無く、その居城だった
塩田城は主を失ってしまった。
a0168218_235913100.jpg

信州上田の塩田平は「別所温泉」、鎌倉期の国宝・重文の古刹、
戦没画学生の絵を集めた「無言館」etc…で人気の観光地です。
県外から移住された方のオープンガーデンも盛んな場所で、
訪れた方も多いのでは?
でもこの史跡の事は、一般にはほとんど知られていません。。。
マイナーながら古代と中世が見事にクロスオーバーしている、
このいにしえを空想たくましく出来る場所にも、ぜひ立ち寄って見て下さい。

安曽神社 上田市古安曽1500
[PR]
by roseantique | 2015-02-28 00:07
<< NABO モンスーン ドーナツ >>